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福岡地方裁判所 平成5年(わ)413号 判決

本店所在地

福岡市南区若久三丁目二番三号

有限会社

常陽商事

(右代表者代表取締役 神宮常喜)

本籍

横浜市神奈川区東神奈川二丁目三九番の三

住居

福岡市南区皿山三丁目五番一〇号

会社役員

神宮常喜

昭和七年一一月二八日生

右両名に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官高島剛一出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人有限会社常陽商事を罰金三〇〇〇万円に、被告人神宮常喜を懲役一年二月に各処する。

一  被告人神宮に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人有限会社常陽商事(以下、被告会社という。)は、福岡市南区若久三丁目二番三号に本店を置き、金銭の貸付、手形、小切手の割引等を目的とする資本金五〇〇万円の有限会社であり、被告人神宮常喜は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人神宮は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、利益収入を除外するなどの方法によりその所得を秘匿した上、

第一  平成元年四月一日から同二年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億七一〇九万六八六四円(別紙(一)修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、同年五月二八日、同市中央区天神四丁目八番二八号所在の所轄福岡税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が五六万三七五三円で、これに対する法人税額が一六万五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額六七五五万五六〇〇円と右申告額との差額六七三九万五一〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)を免れ、

第二  同二年四月一日から同三年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九六二二万二三二三円(別紙(三)修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、同年五月三〇日、前記税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一〇六万七〇八一円で、これに対する法人税額が一二万八三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三五一五万二八〇〇円と右申告額との差額三五〇二万四五〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人神宮常喜の当公判廷における供述

一  同被告人の検察官に対する各供述調書

一  同被告人の収税官吏に対する各申述書

一  収税官吏の同被告人に対する質問てん末書

一  同被告人作成の上申書

一  橘こと坂本盛幸、中村晃、横山勝正、田辺宜克及び山田矩子の検察官に対する各供述調書

一  末廣正雄の収税官吏に対する申述書

一  収税官吏の竹下泰博及び矢野信介に対する各質問てん末書

一  井手口愛子及び橋本英隆作成の「取引内容照会に対する回答」と題する各書面

一  収税官吏作成の脱税額計算書説明資料

一  収税官吏作成の平成五年一月一四日付け(「収入利息について」、「申述書に記載もれの収入利益について」及び「貸倒損失について」と各題するもの)、同月一二日付け、同四年一二月二四日付け(「給与について」、「公租公課について」、「雑費について」及び「受取利息について」と各題するもの)及び同五年一月八日付け各査察官調査書

一  検察官作成の各捜査報告書

一  福岡法務局登記官石橋廣之作成の登記簿謄本

一  山口県新南陽市長藤本博作成の除籍謄本の写し

判示第一の事実について

一  収税官吏の緒方義久に対する質問てん末書

一  窪薗久己及び坂口停作成の「取引内容照会に対する回答」と題する各書面

一  収税官吏作成の平成四年一二月二四日付け(「消耗品費について」、「車両費について」及び「支払手数料について」と各題するもの)各査察官調査書

判示第二の事実について

一  大原圭次郎ら作成の和議手続開始の申立書写

一  古谷和夫作成の「取引内容照会に対する回答」と題する書面

一  収税官吏作成の平成四年一二月二四日付け(「賞与について」と題するもの)及び同五年一月一四日付け(「事業税認定損について」と題するもの)各査察官調査書並びに査察官報告書

(証拠説明)

一  弁護人及び被告人は、被告会社には、判示の各期において、貸倒れ損失が生じており、損金に算入すべきであると主張するので、以下、検討を加えることとする。

二1  清水忠関係

弁護人は、清水忠に対しては、平成元年八月一一日に二〇〇〇万円の貸付け(利息一二〇万円を天引)たが、その後元利金の支払は一切されていず、保証人である緒方義久自身にも支払能力はないのであるから、平成二年三月期には、同人に対する二〇〇〇万円の貸金については、貸倒れを認定すべきであると主張する。

関係各証拠によれば、被告会社は、右清水に対しては、平成元年八月一一日に二〇〇〇万円を貸付け、一二〇万円を天引きした以外に同二年三月末に至るまで利息の支払はなされていないが、他方、右債権については、当時同人の所有してい不動産に一番抵当権が付され、緒方義久の保証も得ていることを認められる。

したがって、右の人的、物的担保について、何ら実行の手続がとられていない平成二年三月においては、右清水に対する債権について回収の見込が存するのであるから、貸倒れは認定できない。

2  平山伸矢関係

弁護人は、平山伸矢に対する貸金一五〇万円については、平成元年八月一六日以降取引は存しないのであるから、貸倒れを認定すべきであると主張する。

関係各証拠によれば、被告会社は、平山伸矢に対し、平成三年三月末現在一五〇万円の貸金債権を有しており、同元年九月以降同三年三月まで同人からの入金はなかったが、他方、同年五月以降、同人に対して貸し増すなど、同人の取引を継続していることが認められ、同年三月期において貸倒れが生じるといえないことは明らかである。

3  松井健郎関係

弁護人は、松井健郎に対する一億九〇〇万円の貸金債権の五〇パーセントについては、債権償却特別勘定への繰入による必要経費算入を主張する。

関係各証拠によれば、被告会社は、平成二年一一月に、右松井に対する債権一億九〇〇万円の担保として、同人が山田朔郎に対して有していた一億円の債権を譲受けたが、右山田は、同三年三月一二日に福岡地裁へ和議申立をなしたこと、他方、被告会社は、平成三年三月期分の決算において、債権特別勘定を設定し、右金額を同勘定に繰入れることはせず、又同期の確定申告においても、必要とされる明細書を添付しなかったことが認められる。

法人税基本通達に定める債権償却特別勘定への繰入による損金経理は、金銭債権についての貸倒れ認定の厳格さを緩和し、弾力的運用を期するための例外的制度であり、単に右特別勘定設定の事由が生じただけでは足りず、所要の損金経理及び税務申告がなされてはじめて右特別勘定への繰入れを認めるのが相当である。

前記認定事実によれば、被告会社が所要の手続を履践していないことは明らかであるから、弁護人の主張は採用できない。

三  被告人は、以下の貸付金についての貸倒れを認定すべきであると主張する。

関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

1  井手口武志関係

被告会社は、井手口武志の妻井手口愛子に対して金銭を貸付け(名義上の債務者は井手口武志)、平成三年三月末現在三〇〇万円の貸付残が存していたが、右債権は、同人の所有家屋を担保として貸付けたもので、かつ、同年二月まで利息の支払が継続していること。

2  清武徹関係

被告会社は、清武徹に対して、平成三年三月末現在五〇〇万円の貸金債権を有していたが、他方、同月まで継続して利息が支払われ、元本の返済もあり、同年四月以降も、同人所有の不動産を担保に取って貸し増すなど同人との取引が継続していること。

3  窪薗嗣雄関係

被告会社は、窪薗嗣雄に対して、平成三年三月末現在四〇〇万円の貸金債権を有していたが、右債権については、少なくとも三〇〇万円分の徳丸建設振出の小切手が担保に供されており、しかも、同年四月以降支払が継続していること。

4  坂口停関係

被告会社は、坂口停に対し、平成三年三月末現在八五〇万円の貸金債権を有しており、同元年七月以後利息入金がなかったが、同三年七月ころ、同人との間で、右債権について債権額を元利併せて一〇〇〇万円とする旨合意し、その一部金として二〇〇万円の返済があったこと。

5  末廣正雄関係

被告会社は、末廣正雄に対し、平成三年三月末現在二〇九八万円の貸金債権を有しており、同年一月には同人の経営する三廣工業株式会社が不渡りを出し、倒産したが、右債権については葉室、石津、剣持の保証があり、同年三月以降、末廣、右三人の保証人、更に同会社の副社長であった者らから利息等の支払が継続していること。

6  杉岡末徳関係

被告会社は、杉岡末徳に対し、平成三年三月末現在二〇〇万円の貸金債権を有していたが、その弁済期は同年四月以降であり、同月以降も利息入金があるなど同人との取引が継続していること。

7  高橋茂之関係

被告会社は、高橋茂之に対し、平成三年三月末現在四〇〇万円の貸金債権を有していたが、右債権の弁済期は同年四月以降である上、同人は、その所有不動産を担保に供し、また、同二年一二月から同三年四月まで滞りなく利息入金していること。

8  竹下泰博関係

被告会社は、竹下泰博に対し、平成三年三月末現在一億七〇〇〇万円の貸金債権を有していたが、右債権の弁済期は同年四月以降である上、同年四月以降も継続的に多額の利息入金がなされ、取引を継続していること。

9  中村晃関係

被告会社は、熊本県天草にある島のリゾート開発計画に関連して、町有地の払下げとそのリゾート開発会社への転売を計画していた中村晃に対し、継続的に貸付けをし、同年三月末現在一億一二四二万五〇〇〇円の貸付け残が存していたが、平成二年ころから利息の支払も滞り始め、平成三年三月ころには、中村が町有地の払下げを受けたものの、転売先として考えてきたリゾート開発会社が同年四月に倒産したものの、右債権については、同人名義の不動産が担保として供さている上、同人は他にも払下げ地などの不動産を所有しており、同年四月以降も被告会社と中村との間で債権回収の交渉が継続していること。

10  橋本英隆関係

被告会社は、橋本英隆に対し、平成三年三月末現在一五〇万円の貸金債権を有していたが、同月まで利息の支払が継続しており、同年四月以降も元金の一部返済や利息の支払がなされていること。

11  矢野信介関係

被告会社は、平成三年三月末現在、矢野信介に対し、一億七〇〇〇万円の貸金債権の他、株式会社ビック・コスモコア振出の手形による手形貸付債権二九〇〇万円及び株式会社アルファ振出の手形による手形貸付債権一〇〇〇万円を有していたが、同月まで継続的に利息支払が行われており、同年四月以降も取引が継続していること。

12  井上京治関係

被告会社は、井上京治に対し、平成三年三月末現在八〇〇〇万円の貸金債権を有していたが、右債権の弁済期は同年四月以降であること。

13  株式会社日水関係

被告会社は、株式会社日水に対し、平成三年三月末現在四二万円の貸金債権を有していたが、同年四月以降も元金の一部返済等が継続してなされていること。

14  三島建設株式会社関係

被告会社は、三島建設株式会社に対し、平成二年五月七日に同会社振出しの額面二〇〇〇万円の小切手を担保に二〇〇〇万円を貸付けたが、同月二二日右小切手は不渡りとなり、同三年三月末現在二〇〇〇万円の貸付け残が存していたが、被告会社は、同二年一二月四日右三島建設を債務者として支払命令を申し立て、同月一二日同会社を債権者とする支払命令を得、同三年四月以降も、右支払命令に基づき差押え等の手続を進めていたこと。

15  福田嘉徳関係のうち矢野信介保証にかかる分

被告会社は、福田嘉徳に対して継続的に金銭を貸付けていたが、平成二年八月ころ、同人は失踪し、同三年三月末現在、同人に対して二億六五六五万円の貸付け残が存しており、右貸付け残のうらち七二一五万円については、右福田が失踪した同二年八月矢野信介が保証人となっており、前記11のとおり、同人は自己の被告会社に対する債務の利息支払を同三年三月まで継続し、同年四月以降も被告会社と取引を継続していること。

右認定事実によれば、被告人主張の各債権については、弁済期が平成三年四月以降に到来するもの、人的、物的担保が供されているもの、平成三年四月以降も利子の支払がなされ、あるいは取引が継続しているもの、債権回収の交渉がなされているもののいずれかであるから、平成三年三月期においては、いずれも回収の見込が存するものと解されるので、右主張は、採用できない。

(法令の適用)

被告人神宮常喜の判示各所為は、いずれも法人税法一五九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に決定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年二月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

同被告人の判示各所為は、被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社について、いずれも法人税法一六四条一項により同法一五九条一項の罰金刑に処するべきところ、情状により同条二項を適用し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で被告会社を罰金三〇〇〇万円に処することとする。

(量刑の理由)

本件は、貸金業等を営む被告会社の代表取締役である被告人神宮が、利息収入を除外するなどして、二期にわたり、合計二億六五〇〇万円余の被告会社の所得を秘匿し、一億二〇〇万円余の法人税を免れたという事案であり、二期連続して計画的、継続的に行われていること、逋脱率が各期いずれも九九パーセントを超える高率で、脱税額も合計一億二〇〇万円余と少なくない額に上ること、犯行後は貸付け台帳や借用証を隠匿したり、貸付け先に働きかけるなど罪証隠滅工作に及んでいること、既に被告会社において修正申告を済ませているものの、本税等の納付は未了であることなどに照らすと、その犯情は芳しくなく、脱税行為は申告納税制度を採用しているわが国の税制の根幹を揺るがしかねない悪質な行為であり、国民の基本的義務である納税義務を故意に免れた点において強い非難に値する。

しかしながら、被告人神宮は、本件摘発後は、貸倒れ損の認定について種々主張はするものの、脱税の事実自体についてはこれを認め、一応反省の態度を示していること、納税が遅れているのは翌期以降多額の貸倒れが生じ、手持の流動資産が減少しているのが一因であり、納税のためにその保有不動産を売却するべく努力していることなど被告人らに酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合考慮すると、被告人らを主文の刑に処し、被告人神宮に対してはその刑の執行を猶予するものが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山薫 裁判官 鈴木浩美 裁判官 甲斐野正行)

別紙(一) 修正損益計算書

〈省略〉

別紙(二)

〈省略〉

別紙(三) 修正損益計算書

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙(四)

〈省略〉

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